あえて袋叩きの創価学会・池田大作先生を擁
2010年02月19日
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あえて袋叩きの創価学会・池田大作先生を擁護する(1)
選挙が近いせいか、我らが池田大作先生の高弟達が、民主党・社会主義協会所属(嘘)菅直人による法難に遭っている。っつうか、何で俺、創価学会を擁護しなければいけないのか。おい池田、擁護してやるから、信者の女とさせろ。
一時期「シンプル仏教」を学ぼうと思って、入門書の類を読んでみたが、チンプンカンプン、あれがどうして信仰できるのか、そもそもあれは「信仰」なのか、さっぱり理解できなかった。
創価学会についても然り。私にしてみれば、創価学会を信じる人も、そして創価学会を蛇蝎のように忌み嫌う人も、相当に理解不能である。そんなもん、本人の人生にプラスになってりゃあ勝手だと思うのだが、どうも世間はそう思わないようで、少なからぬ日本人にとって池田大作という人間は、のどにつっかかった魚の骨のような存在なのである。
無論、向坂逸郎じゃなかった菅直人のいうように、政教一致の問題はあるし、あれだけの政治がらみの大集団、メディアの批判に晒されるのはむしろ健全な事だろう。
ただ、自分には、前述の「のどにつっかかった魚の骨」感がイマイチつかめないのである。
以下、私の不勉強があったらごめんなさい。
自分なりに、創価学会批判を大別してみた。
1.坊主
こいつら、ほんと池ちゃんの悪口言うのが好きだよなあ。そりゃあそうだ。何しろ「お前らいらない」って言われてるんだから。しかし、ある意味、一番説得力がある罵倒だ。雇用問題がかかってるんだから、命がけだ。ここは仕方がない気がする。
2.「ちゃんとした」宗教
1.と少し重なるけれど、1.と異なり、リアル感があんまりor殆どない人々。自分は一番高尚と思ってるんだろうが、実は一番ゴミな人々。要するに、老舗のデパートがコンビニ文化を嘆くとか、高級寿司店がコンベア寿司を嘆くようなものである。コンシューマーにしてみれば、『「ちゃんとした」宗教って何? 学校で教えられている宗教の事? そこが辛いからここに来たんだけど』『創価の青年部大学生の方が良いアドバイスをしてくれたよ』ってだけの話なのだが。そう思えば、「ステークホルダーの意向を無視し、本来業務の『悩める衆生の救済』を放棄し、下らない念仏商法(あんなの1ヶ月練習すれば俺だってできる)で暴利を貪る葬式仏教」、あの系統、葬式仏教って言葉が好きだな。確かにカルト系仏教の主張は相当に正しい。
3.勘違いカルト
麻原彰晃さんが典型。要するに嫉妬。大仁田厚が成功したのを見て、「あんな三流レスラーが人気爆発ならば、俺ならば」と勘違いした高野ブラザーズとか、そのまんま東の当選で錯覚した桜金造とか、そんなゴミ。んなもんどうでも良いのだが、一応「オウマー」日記なので取り上げる価値があると思うし、完璧スレなんて見てると、高野拳磁の僻みを真剣に諳んじ、ささやかながらも惨めで幼稚なプライドを守ろうとする人が後を立たず。おそらく他のカルトもそうなんでしょうが、哀れを誘います。
4.偏見な人
この種の人は、割と2.と重なる気がする。要するに、創価学会の信者は、ハードに財施すると池田大作先生の右手から発せられる大作ビームで救われると信じている、って感覚の人。日刊ゲンダイや週刊新潮にマインドコントロールされたわけでもないのでしょうが。岩隈が勝ちまくるのは野球の練習をしたから、野間口がポアしたのは慢心か怪我か、そんな事、本人達が一番分かってるでしょ。まして現世利益色が強い創価学会だもん、野間口が岩隈に相談したって、「ウチらのエロ坊主拝んで野球がうまくなれるわけねえだろう」って感じだろう。あくまでも池ちゃんは人生の応援歌。ザ・トラブル改め虎舞竜だって良い歌が出来たから売れたのであって、大堀めしべが池ちゃんに帰依したって、「甘い股関節」が大ヒットするわけないでしょ。んなもん、学会員だって誰も買わないし、世の中そんなに甘くないって思ってるに決まってるでしょって。
こうやって自分なりに整理してみたのだが、創価学会が成長した理由、に限らず、怪しいカルトが跋扈する理由って、「ちゃんとした」宗教がお客様に適切な商品を売ってなかったのが一番の理由ではないのだろうか。だって、宗教って、救ってナンボの世界でしょ?
あなたが私みたいに、糖尿性網膜症で入院したとしよう。ある見舞い客は「退院したら酒をやめなさい。今日は特別にあなたの健康のために、(そんなもんがあるかとうか知らないけれど)日蓮大聖人直伝のお経を読んであげよう」と。ある見舞い客は「大丈夫か。俺、外回りだからさぼって顔出したよ。俺も昔、骨折で2ヶ月も入院したけど、もう、これは辛抱するしかないよねぇ....」。
高校・大学受験に成功するには念仏よりも受験勉強。病人を助けるのは医者の努力や本人の節制。んなことは、当人が一番知っているのである。でも、お客様が一番欲しいのは、「頑張れよ!」と励ましてくれる人なのである。
宗教ビジネスなんて言って喜んでる馬鹿がいるが、あそこまで消費者の意向を無視して、いったいどこが「ビジネス」なのか。もう少しマシなビジネスをしたらどうか。救いを求める「心の病人」であるお客様にしてみれば、全ての宗教は正しく、全ての宗教は間違っているのである。大切なのは、「治療」できるか否かなのだが。ナイスなレスポンスがGETできる事こそが「ちゃんとした」宗教なのである。
Posted by yrryhkv4 at 01:34│Comments(0)│TrackBack(0)
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